戦略家の第一の資質は、主だった脅威を特定し、その後に効果的にその脅威に攻撃を加えることだ。彼方此方の前線で、同時に、様々に異なる敵と闘うと、大概は失敗に終わる。このことをジウマ政権は無視しているように思える。
閣僚たちはいささか狼狽した状態で散らばって、あまり重要でない敵や、果ては想像上の敵に対してまで、自前の大砲に装備を施すことに専心している。時にすべてが、ギド・マンテガ財務相が特定したように、為替大戦争となることがある。ジウマ・ロウセフ大統領には直面すべき戦争が見えず、諸大国の中央銀行が引き起こした一種の大災害、すなわち通貨の津波が見えている。
フェルナンド・ピメンテル開発相はと言えば、ふたつの強迫観念を披露している。すなわち、ブラジル製品に対する(中国の)略奪的競合相手を攻撃することと、投機的資本が引き起こす実体のない損害を抑えることである。
後者に対しては、広範かつ過激な施策を提案している。すなわち、国内市場におけるあらゆる外貨売りに対してIOF(金融取引税)を課税するというものだ。もし後に、その資本投下の目的が富と雇用の創出だったと証明されれば、徴収された金額を投資家に払い戻すというのが提案だ。大臣にとって重要なことは、すべての資本流入が長期のものでなければ困るということだ。
そこでの問題は、脅威が投機的な資本に集中していると考えることだ。過去のブラジルのように経済圏に外貨準備高のない時は危険な資本だ。今日のブラジル経済は3,650億米ドルのマットレスで守られている。
投機的資本は、超短期で作用するか、投機的ではないか、のどちらかだ。その本質として、到来し、噛み付き、意図するものから即効の利益を取り上げ、その後、去っていく。ブラジルに入ると、投機的資本は実際、競争力を奪うため産業界が恐れているレアル高(ドル安)を助長するが、その投機的資本が出て行くときは逆の効果を生む。投機的資本のフローが相対的に大きければ、毎日外貨の出入りがあるわけで、為替に対する正味の効果は合計ゼロに向かっていくのであって、レアルが続けて高くなるという結果にはならない。
投機的資本を避けたり追い払ったりする目的でメガ・オペレーションを構築することは、第一に、誤った敵を選ぶことになる。第二に、不自然な諸政策に多大なエネルギーを費やす結果になる。
原則的には、「現在行われているすべてのものと異なる」経済政策を採用したからといって、2001年のオリンダ市議会のPTが要求したように、特に間違ったことは何もなかろうが、継続的であることが必要だ。
ジウマ政権の現行経済政策は事後対応的である。2か月前は脱工業化をまったく懸念していなかったが、突然消防車を呼ぶような事態になってしまったとわかったのだ。
政府の新しい政策は、即興的措置によって散在する脅威に反撃を加えようというものだ。輩は案じすぎなのではないか? リボトリールを飲ませたらいい。鬱になった? リタリンをたくさん飲ませたらいい。咳がひどくなったら、血管に抗生物質を注射したらいい。
これは症状への攻撃を試みる手順であって、人体を強化するものではない。それどころか反対に、次々にアンバランスを生み出すようになる。(2012年4月8日エスタード紙セルソ・ミンギ氏コラム)